大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(ネ)3023号 判決 1988年7月20日

控訴人 学校法人大東文化学園

右代表者理事 下田博一

右訴訟代理人弁護士 柴田政雄

同 鹿児嶋康雄

同 浅田千秋

右訴訟復代理人弁護士 平出晋一

被控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 遠藤隆也

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び疎明関係は、原判決一九枚目表六、七行目の各「証拠」をそれぞれ「疎明」と訂正し、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

解雇事由として挙げた被控訴人の一連の学園秩序を破壊するような言動は、計画的な学長、理事会執行部排撃運動の一環としてなされたものであり、しかも、右言動及びその後の態度からみても被控訴人の性格が独善的、偏執的、非協調的なもので学園職員として不適格であることは明らかである。したがって、このような被控訴人の言動に照らし、被控訴人への説得が足りないとか、処分が性急すぎるとか評価する余地はなく、解雇権者に与えられた裁量権の範囲から考えても、本件解雇が解雇権の濫用であるとは到底いえない。

(被控訴人の主張)

いわゆる中傷文書の配付は懇話会が行ったものであり、その懇話会の会長、副会長が減給処分に止まったことと対比しても、同会事務局長である被控訴人に対する本件解雇はみせしめ的なもので公平を欠くことが明らかである。

理由

一  被控訴人の申請の理由中、被保全権利欄の1(控訴人・被控訴人間の雇用契約、本件解雇、被控訴人の解雇当時の賃金額)及び同2(一)(解雇通知書記載の解雇理由)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  解雇に至る事実経過の認定並びにその認定にかかる被控訴人の言動が学園就業規則二八条一項三号後段及び一〇号の懲戒解雇事由に該当し、また学園職員任免規則二四条八号の解任事由にも該当するとの判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由説示二、三項(原判決二〇枚目表六行目ないし原判決三一枚目裏六行目)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決二〇枚目表八行目の「証人」から同裏六行目末尾までを次のとおり改める。

「《証拠省略》によれば、一応次の各事実が認められる。」

2  原判決二〇枚目裏末行の「松山」を「東松山」と改める。

3  原判決二二枚目表五行目の「反抗的発言」を「反抗的で、理事長の名誉を侵害するような発言」と改め、同裏五行目の「拡大した」の次に「(後に、右各仮処分申請はいずれも却下されている。)」を、原判決二三枚目表二行目の「経緯があった」の次に「だけで、他には全く何の根拠もなかった」を加える。

4  原判決二三枚目表九行目の「鏡部長は、」の次に「学内問題について被控訴人に近い意見をもっていたことや被控訴人に恨まれて攻撃の対象にされることへの恐れもあって、」を加え、同裏二行目の「頼んだ」を「頼んで、紛争に関わりたくない意向を示した」と、同裏五行目の「そのやりとり」から同裏八行目の「要求した」までを、「また、被控訴人を降職させる可能性を示唆し、そうなると給料が下がるとの指摘に対しても、被控訴人はそれでも構わないとの態度を示した」とそれぞれ改め、原判決二四枚目表七行目の「鏡部長は」の次に「このままでは被控訴人の解雇は必至であると判断して」を、同裏末行の「そこには」の次に「自己の発言の正当性を主張するだけで、その不穏当さへの反省は一言もみられず」を、原判決二五枚目表三行目の「とどまらず、」の次に「それ自体が誹謗中傷文書に近いものであって理事会執行部への」をそれぞれ加える。

5  原判決二五枚目表六行目の「学園」の前に「被控訴人は」を加え、同表八行目の「書面が郵送され」を「書面を郵送したが」と、同裏九行目の「理事に多数の不正疑惑があり」を「理事数名を特定表示して、彼等には既に確証を得た犯罪行為その他の不正行為があるから」と、同裏末行の「疑惑を裏づけるかのような資料」を「疑惑を裏付ける明確な証拠があるかのような記述があり、しかもその資料」と、原判決二六枚目表一、二行目の「よくみれば」から四行目の「であった」までを「それらは到底右不正行為を裏付けるに足りるものではなかったから、この公開質問状自体が根拠のないことを根拠があるかのように匂わせる中傷誹謗文書と評価されるものであった」とそれぞれ改める。

6  原判決二七枚目表一〇行目から原判決二九枚目表六行目までを次のとおり改める。

「同年三月三日、被控訴人に対する処分の要否を検討する目的で、理事長はじめ執行部の理事五名、直系の上司である吉田局長、鏡部長が出席して被控訴人からの事情聴取が学園内で約二時間にわたり行われた。右聴取は、事務局長である下田理事が中心となって被控訴人に質問する形で行われ、被控訴人の前年一二月以来の一連の言動の事実確認とその目的を尋ねることが中心であったが、被控訴人は事実を認め、それを学園の危急存亡の時であるとの認識から行った正当な行為であると主張して何ら反省の態度を示さないばかりか執行部を揶揄するような発言をし、さらに、若干のやりとりの後、被控訴人は学園の危機を除くために現執行部を排除する運動の一環としての言動であるとの自己の立場を表明した。この間、鏡部長は直属上司としての立場から、追及されればされるほど攻撃的になる被控訴人の特異な性格を指摘して弁護し、吉田局長は執行部の対応のまずさが事態を悪化させたとの批判的意見を述べた。しかし、最後に理事長が、反省して良識をもって勤務する考えはないかと確認したのに対して、被控訴人はこれを否定して逆に処分の文書を求め、自分の行為は正義感の発露であると主張して、事情聴取は終わった。」

7  原判決三〇枚目表八行目の「拒否した」の次に「ばかりでなく、執行部排斥運動の正当性を主張した」を加える。

8  原判決三〇枚目裏二行目から原判決三一枚目裏六行目までを次のとおり改める。

「なお、被控訴人が、主観的には自己の言動が学園の危機を救うための正義の行動であるとの認識でいたことは前記認定のとおりであるが、組織体の職員が単なる執行部批判に止まらず、組織のルールに則ることなくして執行部の排斥のための言動をし、しかも、それが根拠の乏しい誹謗中傷という手段によるものであってみれば、その主観的意図がどのようなものであろうとも、組織秩序に対する重大な侵害行為であることは明らかである。

また、右の点を認識することができず、上司の忠告を聴き入れずに右のような言動を繰り返してやまないとすれば組織の職員として不適格であることも明らかであり、しかもその者を組織内にとどめることは秩序破壊につながるから、その言動を理由に組織から排除されてもやむをえないというべきであって、被控訴人については学園職員任免規則二四条八号(学園の都合によりやむを得ないとき)の解任事由もあったというべきである。」

三  解雇権の濫用の成否

1  以上のとおり、被控訴人の前記言動は、学園就業規則上の懲戒解雇事由に当たるところ、控訴人は被控訴人を懲戒解雇に処することなく、普通解雇に処したのであるが、学園職員任免規則二四条八号の解任(普通解雇)事由もあったのであり、しかも弁論の全趣旨によれば、普通解雇が選択されたのは懲戒解雇の場合に要求される就業規則所定の手続きを潜脱する目的で行われたのではなく、もっぱら被控訴人に対する不利益軽減の目的でなされたことが一応認められるから、懲戒解雇によらず普通解雇によった点が問題になる余地はなく、また、このような場合にその解雇の要件は普通解雇としてのそれを具備すれば足りると解すべきである。

2  そして、普通解雇事由があっても、具体的事情の下で解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるというべきであるから、本件解雇につき、そのような事情があったかどうかにつき判断を進める。

3  前判示のとおり、被控訴人の前記言動は、学園執行部を排斥する目的をもってその誹謗中傷をしたものであって、その内容も低劣で根拠の乏しいものであり、しかも、偶発的で一回性のものというわけではなく、三か月以上にわたり意識的、確信的に行われたものであって、さらに、その行為に対する反省の態度を全く示さないばかりか、かえって独善的なその正当性の主張を繰り返すばかりであったのであるから、その内容、態様はきわめて悪質であるといわなければならない。

しかも、前記のとおり被控訴人は右言動当時に渉外課長という学園管理職であり、《証拠省略》によれば、その部下二名がいたことが認められるのであって、この点からも被控訴人の右言動は学園に対する重大な背信行為であるというべきである。

なお、被控訴人の学園執行部に対する誹謗中傷は、その発言、文書の内容からみても、冷静に判断する者にとっては根拠が乏しいことが比較的容易に理解される程度のものであったと考えられるが、公開質問状の記載の仕方からも明らかなように、根拠のないことを一見根拠のあることのように印象づけることが被控訴人の意図であったのであるから、この点を被控訴人の言動の重大性を低く評価する要因と考えるのは相当ではない。

4  もっとも、《証拠省略》によれば、被控訴人にはこれまで懲戒等の処分歴がなく、勤務成績にも特に問題はなかったこと、前記公開質問状の発送に関与した懇話会の会長、副会長に対する処分は一か月の減給に止まったこと、被控訴人は解雇当時四七才で妻と小学生の子がいたが、新たに職を探すにはかなりの困難が予想されたことが一応認められ、また、前記認定した事実経過から明らかなように、当時学園上層部における長期にわたる複雑な紛争がなお完全に収束しておらず、被控訴人の言動はこの背景において理解されるべきであり、そうした背景事情もあって学長の軽率な発言をはじめ学園執行部の対応にも硬直的な点が感じられ、それが事態を悪化させた一つの要因となったと評価する余地もある。

しかし、前記のとおり被控訴人の言動に関連して懇話会会長、副会長が関与したのは公開質問状の件と常務審議会への出頭拒否だけであり、しかも公開質問状の発送は実質的には被控訴人が行ったものであったから、会長、副会長の右行為と被控訴人の言動とではその重大性の程度に大きな差異があるというべきであって、会長、副会長が減給処分に止まったのはむしろ当然であって、被控訴人が解雇されたこととの間に公平を欠くとはいえない。また、被控訴人の言動の背景としての学内紛争の余波にしても、むしろそのような問題があるからこそ学園管理職にはより慎重な言動が求められたとも評価しうるのである。さらに、学園執行部の対応の硬直さが事態を悪化させる要因となったとの点についても、被控訴人が全く反省の姿勢をみせずに自己の正当性を主張するばかりなのに執行部側にのみ寛容さを求めるのも酷であるとも考えられるのであり(これを執行部に求めるかのような吉田局長、鏡部長の発言は、前記認定のように直系の上司として紛争にまきこまれたくないとの配慮と学内での両名の立場によるものと考えるべきである。)、そして、勤務成績に特に問題がないことや処分歴がないこと、家族関係等を考えるにしても、前記のとおりの言動の内容、態様の悪質、重大性からすると、本件解雇が著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認しがたいとは到底いうことができず、その解雇の意思表示が解雇権の濫用に当たるとは認められない。

なお、被控訴人の言動が主観的には正義感の発露としてなされたものであるとしても、そのことはこのような重大の行為の責任を何ら軽減するものとはならず、客観的にはむしろ学園職員としての不適格性を基礎づけるものとみる余地すらある。

五  不当労働行為該当性の判断

被控訴人は、懇話会は労働組合であり、本件解雇は被控訴人がその事務局長として組合運動をしたことを理由とするものであるから、不当労働行為に該当して無効であるとの主張をする。

そして、《証拠省略》(懇話会規約)によれば、懇話会は規約上は、学園教職員を会員とし、その労働条件の維持改善、経済的社会的地位の向上を目的とした団体であることが認められる。しかし、《証拠省略》によれば、懇話会は被控訴人の言動が学園執行部により問題にされ出した昭和五六年暮れ以降に結成の動きが生じ、被控訴人に対する処分の方向がかなり明確になった翌五七年二月に結成に至ったこと、懇話会の役員八、九名のうち五、六名は学園の管理職であり、しかもそのうち四、五名は同年三月中に退会していること、その結成準備会の収入の六割以上が被控訴人による特別寄付金であったこと、その結成準備、結成後の実務のほとんどは被控訴人によりなされたこと、本件解雇のあった同年三月以降は懇話会としての行動は全く停止状態になったことが一応認められ、この各事実に前記認定にかかる解雇に至る事実経過を考えあわせると、懇話会は被控訴人が学内問題についての自己の言動に共感する者を糾合して学園執行部を牽制する目的で結成したものであると推認され、労働組合としての性格を有していたとは認めがたいというべきである。しかも、仮に懇話会に労働組合の性格があったとしても、本件解雇に至った事情は前記認定のとおりであるから、それが懇話会としての活動を理由としてなされたものとは到底いえないことが明らかである。

したがって、本件解雇が不当労働行為に該当して無効であるとの被控訴人の主張も理由がない。

六  結論

以上のとおり、被控訴人に対する本件解雇を無効と解する余地はなく、被控訴人はこれによって学園職員としての地位を失ったというべきであって、本件仮処分申請は被保全権利についての疎明がないことになり、また、本件事案に鑑み、保証をもって疎明に代えることも相当ではないから、その余の点について判断するまでもなくこれを却下すべきである。

よって、これと異なる原判決中の控訴人敗訴の部分は失当であるから、これを取り消したうえ、控訴人の本件仮処分申請を却下することとし、申請費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 友納治夫 小林克已)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例